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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)112号 判決 1974年4月24日

原告

宮公

右訴訟代理人弁護士

新井章

外四名

被告

右代表者法務大臣

中村梅吉

右指定代理人

近藤浩武

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し二〇七、〇〇〇円を支払えとの判決及び仮執行の宣言

二  被告

主文第一項と同旨の判決(原告勝訴の判決に仮執行の宣言が付されるときは、仮執行免脱の宣言)

第二  主張

一  原告の請求の原因

1  原告の地位及び処分の経緯

原告は、明治二七年一月二八日生れの日本国内に住所を有する日本国民であり、七〇才に達した昭和三九年一月二八日に国民年金法(以下「法」という。)第八〇条第二項本文の規定により、法第七九条の二の老齢福祉年金の受給資格を取得した。

そこで、原告は、昭和四四年四月一日、岡山県知事に対し、老齢福祉年金の受給権の裁定を請求したところ、同知事は、同年五月一二日付で原告に対し、昭和三九年二月分以降の右受給権の裁定をするとともに、原告が恩給法による普通恩給を受給していることを理由として、同月分以降の老齢福祉年金の支給を停止する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  被告の老齢福祉年金の支払義務

本件処分は後記3のとおり無効であるから、原告は、前記受給権の裁定に基づき昭和三九年二月分以降の老齢福祉年金の支給を受ける権利を有する。そして、昭和三九年二月分から昭和四八年九月分までの老齢福祉年金の合計額は二〇七、〇〇〇円である。よつて、被告は原告に対し右金員を支払う義務がある。

3  本件処分の無効事由

老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、老齢福祉年金の支給を停止する旨定めた法の規定及びこれに基づいてされた本件処分は、憲法第二五条及び第一四条に違反し、無効である。

(一) 憲法第二五条違反

(1) 老齢福祉年金の意義と特質

法は、既存の公的年金制度が一定の条件を備えた被用者を対象とするものであり、国民の大半を占める農民、商工業者、零細企業の被用者がその対象とされていなかつたこと、老齢人口が増大化する傾向にあつたこと、老齢者、身体障害者、母子世帯等の生活が極めて厳しい状況にあつたこと、いくつかの地方公共団体において敬老年金制度が実施されていたこと等を社会的背景として、老齢者、身体障害者、母子世帯の最低限度の生活を保障することを目的として制定されたものである。

そして、法は、老齢保障について、拠出制の老齢年金並びに無拠出制の補完的老齢福祉年金及び経過的老齢福祉年金の各制度を設けた。

そのうち、老齢年金は、被保険者に二五年以上の期間保険料を拠出させ、その者が六五才に達したときに、老齢という事故が発生したものとして、拠出期間に応じた額の年金を支給するという構造をとつており、社会保険としての性格を有する。

これに対し、経過的老齢福祉年金(以下単に「老齢福祉年金」という。)は、国庫がすべての費用を負担し、七〇才に達した者に一定額の年金を支給するという構造をとつているのであつて、社会保険としての性格を全く有せず、国家社会がその負担と責任において、一定の国民の生活を保障するという公的扶助的な性格を有するものである。

すなわち、老齢年金は、現在の世代が将来の老齢に備えて自助ないし相互扶助の手段により自己の生活を保障しようとする制度であるのに対し、老齢福祉年金は、現在の老齢者に対する現在の世代による生活保障の制度であつて、現実に老齢のため生活に困窮している国民に対しその最低限度の生活を保障することを目的とするものである。

国民年金制度は、既存の各種年金制度の対象外とされた者のみの所得保障に止まらず、既成制度の対象とされた者に対しても、その所得保障が不十分であれば、これを補い、すべての国民に人間らしい生活を可能ならしめようという国民皆年金の思想に支えられて定立されているのである。したがつて、国民年金制度の解釈運用に当たつては、それが既成各種年金制度の非対象者を対象として構想されたという制度技術上の形式に拘泥して、国民年金制度が国民皆年金の実現を標榜し、これを志向して制定されたという根本趣旨を見忘れることがあつてはならない。

また、現行国民年金制度が拠出制度を原則とし、無拠出制年金を例外として位置づけ、経過的、補完的な性格を与えたのも、多分にわが国の昭和三四年当時までの年金事情や経済事情等に左右された政策的配慮に基づくものであつて、これが国民皆年金を実現する上で最も適切な制度形式として、絶対的意味を帯びるものではない。拠出制年金であれ、無拠出制年金であれ、国民のすべてに所得保障を与えるという国民皆年金の制度趣旨からする限り、すべての国民に健康で文化的な生活も確保せしめるように解釈運用されなければならない。

わけても老齢福祉年金は、既存の各種年金制度の谷間に放置され、貧困と孤独と疾病にさいなまれて来た多数の老齢国民を直ちに救済すべき年金制度として設けられたものであつて、事柄の性質からも、国民年金制度発足の沿革からしても、現行国民年金制度の眼目的存在であり、これなくしては、現行制度の発足自体が考えられなかつたと思われるほど重要な制度である。したがつて、この制度の意義を「経過的」年金という技術的表現に拘つて軽視するようなことがあつてはならない。

(2) 老齢者の生活実態と本件処分の違憲性

各種統計資料や実態調査結果によれば、高齢者の大部分が生活に困窮しており、老齢福祉年金も防貧機能を果たしえず、恩給受給者の八割をこえる人達は最低生活を送ることができない状況にあることが明らかである。

高齢恩給受給者の生活実態がこのような状況にあるにもかかわらず、法は、昭和四七年法律第九七号による改正前は年額二四、〇〇〇円、同法律による改正後は政令所定の額(年額六〇、〇〇〇円)以上の公的年金給付を受けることができる者に対する老齢福祉年金の支給を停止する旨定めている。

法の右規定は、高齢恩給受給者の生活実態から検討すると、老齢事故による生活費の増加によつて生活の安定がそこなわれた者に対し、老齢福祉年金の支給を停止して、その給付をせず、その健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害するものである。

憲法第二五条は、すべての国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、すなわち、いわゆる生存権を保障しているが、右のいわゆる生存権には、公的扶助(生活保護)を受ける権利に限らず、老齢、廃疾、死亡等の事故によつて生ずる生活費の増加を原因とする生活の不安を、保険その他の方法による給付によつて防止し、最低生活を営む権利も含まれることが明らかである。そして、憲法第二五条は、単なるプログラム規定ではなく、裁判規範であり、国民に国に対する具体的な請求権を与えた規定である。

ところで、法は、老齢福祉年金の受給権者が一定額をこえる所得を有するときに、その支給を停止する旨の一般所得制限の規定を設けているのであるから、更にそれに加えて、公的年金支給の故をもつてもう一つの制限を付することを合理的ならしめる立法事実は何ら存在しないのみならず、年額二四、〇〇〇円以上の公的年金給付を受けることができる者に対しては、老齢福祉年金の全額の支給を停止するという厳しい規定は、憲法が保障する生存権を必要な限度をこえて制限するものであつて、合理性がない。

原告は、老齢福祉年金の受給権を有し、法所定の前記一般所得制限の下で、自己の所得と老齢福祉年金とによつて、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。そして、老齢という事故による生活の不安を防止するため原告に対し老齢福祉年金が支給されるべきであつたにもかかわらず、前記のとおり、立法上公的年金給付の受給を理由として老齢福祉年金の支給を停止する旨の規定が設けられ、右規定に基づいてされた本件処分によつて現にその支給を停止され、これにより原告の生存権は侵害された。

したがつて、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給与を受けることができることを理由としてその支給を停止する旨の前記法の規定及び右規定に基づいてされた本件処分は、憲法第二五条に違反して無効である。

(二) 憲法第一四条違反

(1) 公的年金受給者に対する差別の存在

憲法第一四条第一項は、国民に対し法の下の平等を保障しているが、同条にいう社会的身分とは、人が社会において占めるある程度継続的な地位を指すのであり、公的年金給付を受けることができる地位も右にいう社会的身分に当たると解することができる。

ところで、法は、公的年金給付を受けることができる者を三重に差別している。

すなわち、第一に、法は、公的年金給付を受けることができる者に対して老齢福祉年金の支給を停止する旨定め、公的年金給付を受けない者と差別している。

第二に、法は、同じく公的年金給付を受けることができる者の中で、戦争公務による公的年金給付を受けることができる者とその他の者との間に、老齢福祉年金の併給限度額の点において、著しい差別をしている。

第三に、公的年金給付もその他の一般所得も所得であることにおいては差異がないのに、法は、公的年金給付を受けることができる者に対する老齢福祉年金の併給限度と一般所得を有する者に対する老齢福祉年金の支給限度額との間に著しい差別を設けている。

これらの差別は、以下のとおり、いずれも合理的な理由のないものである。

(2) 公的年金給付を受けない者との差別の不合理性

法は、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、公的年金給付の種類、内容を問わず、画一的に老齢福祉年金を併給しないものとしている。

ところで、同一人に対する複数の給付の併給調整が合理性をもつためには、各給付が相互に併給調整されてしかるべき程度の平均化した水準に達しているという相対的条件と、各給付の絶対額が事故による所得能力喪失からくる要求を満たし、かつ、併給調整されてもやむをえない程度の水準に達しているという絶対的条件が充足されていなければならない。

法が前記のとおり老齢福祉年金の公的年金給付との併給調整において、公的年金給付の内容を考慮せずに、一率、無差別、画一的に併給を禁止したことは、右の相対的条件及び絶対的条件についての考慮を最初から無視したことを意味する。具体的には、併給を禁止される老齢福祉年金が年額わずか二四、〇〇〇円という、年金という名にも値しない極端な低水準に置かれているという絶対的条件の考慮を回避するという巧妙な効果を生じ、また、老齢福祉年金と公的年金給付とが相互に併給調整されてしかるべき程度の水準に達しているかという相対的条件の考慮も免れるという不当な結果となつている。

また、法がその種類、内容を問わず、一般的に公的年金給付を受けることができることを理由とする画一的併給調整方式をとつたために、老齢福祉年金とは建前、性格を異にし、したがつて、本来併給調整の対象とすべきではない恩給の受給までを併給制限事由に組み込んで、併給禁止の範囲を拡大するという不当な結果をもたらすに至つた。

さらに、拠出制の老齢年金と無拠出制の老齢福祉年金とは根本的に性格の異なる制度であるから、公的年金給付の受給者は、拠出制の老齢年金の被保険者から除外されているからといつて、老齢福祉年金を支給されないことが当然であるという論理は成り立たない。

老齢福祉年金が無拠出制であることも、公的年金給付との併給を制限することの合理的根拠とはなりえない。すなわち、老齢福祉年金は、憲法第二五条の趣旨から、生活に困窮した多数の老齢者が存在する現実を直視して、このような老齢者の生活を保障するために設けられた制度であるが、生活に困窮した老齢者の生存を確保するためには、受給権者が基金を拠出しているか否かは、何ら問題とすべきではない。また、今日では、無拠出制で、しかも公的扶助のような厳格な資産調査をしないで給付をする方式、すなわち、いわゆる社会扶助の形式が今後の社会保障制度の進むべき道であると指摘されている。それにもかかわらず、老齢福祉年金が無拠出制であることを理由としてその支給を制限することは、社会保障制度の発展方向に背馳する。さらに、老齢福祉年金の対象とされた者は、拠出制の老齢年金の被保険者から除外された者であつて、拠出しようとしてもすることができなかつた者であることを考えれば、無拠出を理由として老齢福祉年金の支給を制限することの不合理は明らかである。

公的年金給付を受けることができることを理由として老齢福祉年金の支給を停止する旨の法の規定が合理性をもちうるとすれば、それは、老齢福祉年金の支給を停止しても、老齢者の生活を脅かすなどして年金制度の趣旨をそこなうことがない場合、すなわち、各種公的年金給付がそれによつて健康で文化的な生活を営むに足りるほど充実している場合に限られるというべきであるが、各種公的年金給付の現状がそのような状況とはあまりにもかけ離れていることは、年額二四、〇〇〇円にも満たない公的年金給付があることからしても、議論の余地がないほど明白である。

以上のとおりであるから、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができることを理由として老齢福祉年金の支給を停止する旨の法の規定は、それ自体合理性を有しない。

(3) 戦争公務による公的年金給付を受けることができる者との差別の不合理性

次に、法は、公的年金給付のうち、戦争公務に起因する負傷又は疾病により廃疾となり、又は死亡したことを事由として旧軍人等又はその遺族に対して支給される恩給法による増加恩給、公務扶助料等(以下「戦争公務による公的年金給付」という。)を受けることができる者とその他の公的年金給付(以下「一般公的年金」ともいう。)を受けることができる者とを、老齢福祉年金の併給限度額の点について、著しく差別している。

すなわち、昭和三七年法律第九二号による法の改正により、戦争公務による公的年金給付と老齢福祉年金の併給限度額は七〇、〇〇〇円、一般公的年金給付と老齢福祉年金の併給限度は二四、〇〇〇円と定められ、公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものの間に差別が設けられた。そして、以後法の改正の度毎に、戦争公務による公的年金給付と老齢福祉年金の併給限度額は引き上げられて来たにもかかわらず、一般公的年年金給付と老齢福祉年金の併給限度額は、据え置かれ、近時においては、一部の高級将校に対するものを除き、戦争公務による公的年金給付と老齢福祉年金とは全部併給されるに至つた。

しかしながら、戦争公務による公的年金給付と原告が受給している普通恩給のような一般公務による公的年金給付との間には、本質的な相違はない。

すなわち、恩給は、公務員が公務に専念することを余儀なくされたために喪失した経済上の取得能力を補うために支給されるものであると解されている。このことは、恩給が戦争公務によるものであると、その他の一般公務によるものであるとによつて異ならない。

両者の間に相違があるとしても、それは、戦争公務に従事する者は、一般公務に従事する者よりも厳格な規律に服し、職務の遂行に当たつては、全力をあげ職務に専念する義務があり、それだけ経済上の取得能力の喪失が大きく、填補されるべき度合が大きいことに基づくものであつて、量的なものにすぎない。このような相違を恩給の支給要件及び金額に反映させることには合理性があると認める余地があるとしても、わずか月額二、〇〇〇円の老齢福祉年金の併給限度額についてまでこれを反映させることに合理性があるとはいえない。まして、近時のように、一部の高級将校に対するものを除き、ほとんどすべての戦争公務による公的年金給付と老齢福祉年金とが併給されるに至つては、戦争公務による公的年金給付について、一般公的年金給付と質的に全く異なつた取扱いをするものであるから、この差別の合理性を説明することは不可能である。

(4) 一般所得を有する者との差別の不合理性

また、法は、老齢福祉年金の受給権者の前年の所得が一定の金額をこえるときは、老齢福祉年金の支給を停止する旨定めているが、その金額は、昭和四四年当時において三〇〇、〇〇〇円であつた。

これに対し、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができる場合には、その金額が年額二四、〇〇〇円をこえるときは、老齢福祉年金の全額の支給を停止される。

公的年金給付もその他の一般の所得も、所得であることは全く変りはないから、所得保障の必要性の面では、両者は同一に取り扱われなければならない。それにもかかわらず、右のような差別を設けることには、合理性がない。

昭和四四年当時普通恩給年額二五、〇〇〇円を受給していて、他に収入も身寄りもない七五才の老人がいたと仮定すると、この老人は、老齢福祉年金を全く受給することができない。この老人は、当時においても、年間所得が二五、〇〇〇円ではとうてい生活することができないから、生活保護を受けなければならない。これに対し、七五才の老人で、公的年金給付は受けていないけれども、年間二七〇、〇〇〇円の所得のある人は、老齢福祉年金を全額受給することができる。この老人は、年額二五、〇〇〇円の恩給を受給している老人の一〇倍以上の収入があつても、老齢福祉年金の支給を受けることができるのである。このように考えると、前記の差別の不合理は甚しい。

(5) 本件処分の違憲性

老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることを理由として老齢福祉年金の支給を停止することを認めた法の規定は、以上のとおり、公的年金給付を受けることができる地位という社会的身分により不合理な差別をするものであつて、憲法第一四条第一項に違反し、無効である。したがつて、右の規定に基づいてなされた本件処分は無効である。

二  被告の答弁及び主張

1  原告の請求の原因1記載の事実は認める。

2  本件処分の適法性

老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときに、老齢福祉年金の支給を停止する旨定めた法の規定が憲法第二五条及び第一四条に違反する旨の原告の主張は、次のとおり理由がない。したがつて、法の右規定に基づいてされた本件処分は適法である。

(一) 憲法第二五条違反の主張について

(1) 憲法第二五条の趣旨

憲法第二五条第一項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるように国政を運用すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。

また、憲法第二五条第二項は、社会生活水準の確保向上を国の責務として宣言しているが、この規定に基づいて国が行う施策がすべて国民の生存権の確保を直接の目的とし、その施策単独で最低限度の生活保障を実現するに足りるものでなければならないことが憲法上要求されているものとは解されない。右規定に基づく国の施策は、個々的には、国民の生活水準の相対的向上に寄与するものであれば足り、特定の施策がそれのみによつて健康で文化的な最低限度という絶対的な生活水準を確保するに足りるものである必要はなく、すべての施策を一体としてみた場合に、健康で文化的な最低限度の生活が保障される仕組みになつていれば、憲法の要請は満たされているというべきである。

わが国の社会保障体系は、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対する保険的方法又は直接の公の負担による経済保障と、生活困窮に陥つた者に対する国家扶助による最低限度の生活保障の二本建て方式を採用し、前者によつて、因窮の原因となる事故の生じた者についてその生活水準の相対的向上を図ることとし、それでもなお健康で文化的な最低限度の生活を維持しえない者に対しては、後者によつて、健康で文化的な最低限度という絶対的な生活水準の確保を図つている。前者の方式の具体的な現れが国民年金その他の各種年金制度であり、後者の方式の現れが生活保護法の定める生活保護制度である。このように、社会保障制度を構成する諸施策は、互に有機的に補足し合つて社会保障制度全体を効果的なものとし、全体として憲法第二五条の要請を満たすことが予定されているのであり、個々の施策は、それぞれの目的に照らしてその役割、機能の分担を異にしている。

前述のように、憲法は、すべての社会保障施策が個々の施策単独で国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障するに足りるものであることまでは要求していないのであるから、個々の社会保障施策にどのような目的を付与し、どのような役割、機能を分担させるかは、立法により適当に定めうる事項に属する。そうであるとすれば、ある社会保障施策がそれによつて直接国民の健康で文化的な最低限度の生活の確保を目的とするものであるかどうかは、当該制度を定めた法律の解釈によつて定まるものである。

(2) 老齢福祉年金の趣旨

公的年金制度は、老齢、障害、死亡等国民が個々人では事前に十分な備えをしておくことが困難な事故によつて生活の安定がそこなわれるのを、社会連帯の考え方に立つて公的に救済し、国民生活の安定を図ろうとする制度である。

現在、わが国の公的年金制度は、国民年金、厚生年金、船員保険及び各種共済組合の各制度に分れている。

これらの公的年金制度のうち、国民年金制度は、昭和三四年に、社会情勢の変化に伴う家族制度の崩壊、人口の老齢化、社会保障意識の高揚、戦後の急速な経済復興その他もろもろの社会的要因を背景として、それまでの年金制がいずれも被用者を対象とするものであり、農民等の自営業者や零細企業の被用者等が制度の外に置かれて来たことに鑑み、これら既設の制度から取り残された人々をすべて年金制度の網の目に包み込むという国民皆年金の構想の下に、制定されたものである。

そしてわが国の年金制度は、これまで、一部国庫負担を加味した拠出制による社会保険方式を原則としていたので、国民年金制度もこれにならい、拠出対給付という対応関係を基本とし、老齢、障害、死亡等の保険事故に際して被保険者又はその遺族に保険給付を行い、その所得能力の喪失又は滅少に対し必要な填補をすることとしたが、拠出一本で貫くと、制度実施の時点において、既に老齢、障害、母子等の状態にある者及び将来保険事故が発生しても、保険料納付期間が所定の期間に満たないため、拠出制年金の受給権を得られない者に対しては、国民年金制度が保障する利益を及ぼすことができず、国民皆年金の理想が全うされない結果となるので、拠出制の欠陥を補うための経過的、補完的な制度として、無拠出制の年金制度である福祉年金制度を設けた。

国民年金制度のうち、拠出制の年金は、被保険者の拠出に対する反対給付という性格を有し、年金保険制度としての実を備えているのに対し、無拠出制の年金は、国庫の負担による一方的な給付であつて、国民年金制度がもつと早期にできていたならば、拠出制の年金による保障を受けることができたであろう人々に対して、年金という社会保険制度を行きわたらせるという政策的配慮に基づいて設けられた特別な措置である。

ところで、無拠出制の年金である老齢福祉年金は、老人の健康で文化的な最低限度の生活を保障することを直接の目的として設けられたものではない。

すなわち、生活に困窮した者に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障するために行われる生活保護と老齢福祉年金とを対比してみると、生活保護においては、保護は、生活に困窮する者がその利用しうる資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行うという補足性の原則の採られており、保護の実施に当たつては、いわゆる資力調査を行つてこの点を明らかにした上で開始されるのに対し、老齢福祉年金においては、本人、配偶者及び一定の範囲の扶養義務者の前年の所得が一定の金額をこえることが支給停止の要件となるのみで、労働能力の有無や財産等の活用の能否等は一切問題とされない。また、生活保護は、最低限度の生活を維持するために必要な費用中の不足部分を全額保障するが、老齢福祉年金は、一律平等の給付によつて老齢者の所得の一部を保障する。すなわち、老齢福祉年金の受給者には、年金のほかに、個人の貯蓄や社会情勢に即応した程度の扶養義務者による扶養があることが前提とされているのであつて、このような前提を欠く者については、最低生活費の不足分は、生活保護によつて補われることになる。

以上の点からみると、生活保護は救貧的制度であるのに対し、老齢福祉年金は、老齢のため所得能力の全部又は一部を喪失した者に対し、生活設計のよりどころを与えるものとして、防貧的制度の範ちゆうに属するということができる。

法第一条は「国民年金制度は、日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基き、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。」と規定し、憲法第二五条第一項を引用していない。老齢福祉年金の目的が原告の主張のように老人の生存権の確保にあるとするならば、老齢福祉年金については、総則規定である右法第一条の特則が設けられているはずであり、また、老齢福祉年金の給付の程度を決定する基準についての何らかの準則規定がなければならないはずであるが、法は、そのような規定を設けていない。このことからも、老齢福祉年金が老人の健康で文化的な最低限度の生活を保障することを直接の目的とするものでないことらが明かである。

また、老齢福祉年金の制度は、恒久的に存続するものではなく、国民年金制度発足当時五〇才をこえない者については適用されない。つまり、老齢福祉年金は、国民皆年金制度を実施するために、制度発足当時加入不能の高齢者を救済する目的で設けられた暫定措置であり、時の経過とともにやがて消滅する制度である。もし、老齢福祉年金が老人の健康で文化的な最低限度の生活を保障するために設けられた制度であるとすれば、制度発足当時において特定の年齢層にあつた者のみを対象とすることなく、恒久的な制度として設けられるべきはずである。しかるに、老齢福祉年金制度が右のとおり制度発足当時特定の年齢層にあつた者のみに適用され、時の経過とともにやがて消滅する運命にある制度として設けられていることは、とりもなおさず、これが老人の健康で文化的な最低限度の生活保障を直接達成しようとする目的で設けられたものではないことを物語るものである。

原告は、老齢福祉年金は、その一切を国庫に依存していることを根拠として、公的扶助的な性格を有する旨主張する。

しかし、公的扶助に要する費用は、必ず国庫に依存しているが、社会保険にあつては、拠出制、国庫負担制及び両者の併用等、政策的にさまざまな選択か可能であつて、理論的にどのようなものでなければならないという要請はない。したがつて、老齢福祉年金がその費用の一切を国庫に依存しているからといつて、必ずしも老齢福祉年金が公的扶助的な性格を有するとはいえない。

(3) 本件処分の合憲性

以上のとおり、老齢福祉年金制度は、それ自体によつて老人の健康で文化的な最低限度の生活を保障することを目的とする制度ではないから、法が老齢福祉年金の支給要件をどのように定めても、憲法第二五条違反の問題を生ずる余地はない。

したがつて、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、老齢福祉年金の支給を停止する旨定めた法の規定及びこれに基づいてされた本件処分は、憲法第二五条に違反しない。

(二) 憲法第一四条違反の主張について

(1) 公的年金給付を受けない者との差別の合理性

国民年金制度は前述のように((一)(2))、本来、厚生年金、共済組合等の費用者年金その他の公的年金制度の保障を受けない者をその適用対象とする所得保障制度であり、無拠出制の福祉年金は、これによつても保護を受けられない者を経過的、補完的に救済する制度である。

したがつて、現実に他の公的年金による所得保障を受けている者に老令福祉年金を併給することは老齢福祉年金制度の趣旨に反し、国民年金制度の根幹を覆すことに帰着するので、法は、公的年金給付を受けている者に老齢福祉年金を併給することを原則として禁止しているのである。

そのうえ、老齢福祉年金と公的年金給付の併給を認めると、次のような不合理な結果となる。

すなわち、原告が受給している恩給法による普通恩給においては、その財源は、全額国庫が負担しており(なお、公務員の在職中の国庫納金の給付額に対する割合は非常に小さい。)、また、他の公的年金においても、給付に要する費用は、相当な部分が国庫負担によりまかなわれているから、もし、併給を認めると、公的年金給付を受けることができる者は二重に国庫からの支給を受けることとなり、公的年金給付を受けない者との間に、かえつて不合理な差別を招来する。

また、もし併給を認めることとすると、国民年金制度発足当時五〇才をこえる明治四四年四月一日以前に生れた者で公的年金給付を受けることができる者は、公的年金給付のほかに、無拠出制の老齢福祉年金の支給を受けることができるのに対して、同日より後に生まれた者で、公的年金給付を受けることができる者は、国民年金の被保険者から除外されているから、公的年金給付を受けることができるだけであり、その他の者は、拠出制の老齢年金の支給を受けられるだけであるが、拠出要件を満たさなければ、拠出制年金はもとより、無拠出制年金の支給も受けることができないのである。しかし、法が老齢福祉年金の制度を設けたのは、明治四四年四月一日以前に生れた者のみを、特に現在の壮年層の老後の保障と差別して、厚く二重に保護を与えようとする趣旨ではないはずである。

以上のように、老齢福祉年金と公的年金給付との併給の制限は、制度の本来の趣旨に由来するものであつて、その結果として、老齢福祉年金の支給に関し、公的年金給付を受けることができる者とこれを受けない者との間に取扱い上の差別が生じても、それは十分合理性のある差別であつて、憲法第一四条第一項に違反するものではない。

(2) 戦争公務による公的年金給付を受けることができる者との差別の合理性

国民年金制度発足当時は、公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとは同様に取り扱われていたが、法の一部改正により昭和三七年一〇月から、戦争公務による公的年金給付を受けることができる者に対する福祉年金の併給限度額が一般公的年金給付を受けることができる者に対するそれよりも高く定められた。

その立法経過は次のとおりである。

従前から社会保障制度審議会において所得保障を目的とする年金制度にふさわしい年金額としては、少なくとも月額二、〇〇〇円程度であることが望ましいという議論がされていたこと、また、当時、厚生年金保険法の各年金の基本年金額が二四、〇〇〇円であつたことを考慮して、福祉年金の一般公的年金給付との併給については、両者を合算して年額二四、〇〇〇円となるまで、福祉年金を併給することとされた。

次に、戦争公務による公的年金給付については、各制度とも一般公的年金給付より比較的高額になつているが、これは、国家補償の精神に基づく慰藉料的要素が含まれているからであると考えられる。軍命令により戦地等に駆り出され、強制的に戦争遂行に協力させられ、酷烈な環境下において生命の危険にさらされつつ、公務に従事し、これに起因して死亡し、又は傷害を受けた軍人軍属等は、まさに最大の戦争犠牲者であり、戦没者遺族及び戦傷病者に対する公的年金の性格からみても、年金の中に精神的損害賠償の要素が含まれていることをうかがうに十分である。ただ、これらの公的年金に、生活保障的要素と慰藉料的要素がどの位の割合で含まれているかについては、明確な基準は見当たらず、判然と区分することは不可能であるが、一応の手がかりとして、恩給法における平病死にかかる普通扶助料と公務死にかかる公務扶助料との倍率をみると、兵の場合では、公務扶助料は普通扶助料の3.55倍であつたところから、一般公的年金給付についての併給限度額二四、〇〇〇円のほぼ三倍に相当する七〇、〇〇〇円をもつて、戦争公務による公的年金給付についての併給限度額とされた。

その後、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給の制限は、数次の法の改正のつど緩和され、一般公的年金給付の受給者に対する併給の制限との差が次第に大きくなつた。

すなわち、両者に対する福祉年金の併給限度額を比較すると、昭和三七年一〇月当時は、前者に対するものは後者に対するものの2.92倍であつたが、昭和四六年一月には、それが7.11倍に達し、更に、前者のうち准士官以下にかかるものについては同年一一月から、中尉及び少尉の階級にかかるものについては昭和四七年一〇月から、それぞれ併給制限が撤廃された。

前述のとおり、戦争公務による公的年金給付は、戦地等酷烈な環境下において生命の危険にさらされつつ公務に従事し、これに起因する負傷又は疾病により廃疾となり、又は死亡した旧軍人等又はその遺族に対して支給されるものであるが、これと、これらの災禍を受けることなくして老後に至つた軍人又は文官に対して支給される普通恩給その他の公的年金給付との間には本質的な相違がある。すなわち、前者は、戦争という異常な事態によつて夫や子を失つた者あるいは傷ついた者に対する国家補償としての性格が強く、殊に、階級の低い者にかかる公務扶助料は、その全部が国家補償であるとみなす方が妥当であるとも考えられる。これに対し、後者は、社会保障の一環として位置づけられるものである。

また、戦争公務により死亡し、又は負傷した者は国から万一の場合の保障を約束されて後顧の憂いなく戦地等に赴き、軍務に服していたのに、戦没者遺家族は、敗戦後連合軍の理不尽な占領政策により公務扶助料の支給を停止され、文官恩給その他の被用者年金受給者と比べて、甚しい差別待遇を受け、独立回復後も、占領期間中凍結されていた分については、何らの補償も受けていない。このような事情の下で、戦争で子を失つた父母等の遺族に対しては福祉年金が支給されず、かえつて、子が生還した父母等に対してこれが支給されるのでは不公平であるという戦没者遺族の声にも無理からぬものがある。

更に、戦争公務による公的年金給付は、国家補償の性格が強いので、老齢福祉年金との併給を認めても、社会保障についての二重の国庫負担にはならないし、また、現在の各種公的年金制度の適用者の老後と比較しても、戦争公務という異常事態は、現在の老齢者のみの特異な事情に属するので、何らその間に不合理な差別は生じない。

戦争公務による公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給の制限が次第に緩和されて来たのは、右受給者のこのような特殊な立場に対する理解、評価が時勢の推移により変化して来たため、国民感情や財政事情をも考慮して、立法府が右受給者に対して社会政策上優先的に特別の配慮を加えるようになつたためである。

そして、戦争公務による公的年金給付に一般公的年金給付と異なつた性格が認められる以上、前者についてどの程度後者と異なつた取扱いをするかについては、立法政策上広範な裁量の範囲があるものというべきである。けだし、社会保障等の分野において、その向上及び増進のための立法措置を講ずる必要があるかどうか、その必要があるとして、どのような対象者について、どのような要件の下に、そのような措置を講ずるのが適切妥当であるかは、主として立法政策の問題であり、その定め方が恣意的なものでない限り、立法府の判断を尊重すべきであるからであある。したがつて、その結果、一定の要件に該当する者とそうでない者との間に取扱いの差異が生じても、憲法第一四条第一項に違反するものではない。

併給禁止条項を憲法第一四条第一項に違反すると判断することは、結局は、新たな立法を行うのと同じ効果を持つ。年金制度全体をみるならば、併給禁止条項は数多いから、もし裁判所がその条項の妥当性、合理性を一々判断しうるものとすれば、裁判所が各種年金の支給要件、支給額等を憲法第一四条第一項という観点から調整する作用を営むこととなり、ある限度においてではあるが、裁判所が立法者であるかのような観を呈することとなろう。しかも、その違憲判断の結果は、当然予算を伴うこととなり、国家財源の配分という立法府の専権事項を犯すこととなるのであつて、このような事態は、明らかに司法審査の限界を逸脱するものといわざるをえない。したがつて、裁判所は、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的措置が著しく不合理であることが明白である場合でなければ、これを違憲とすることはできないものというべきである。

戦争公務による公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給制限に関する優遇の程度及びこれについての立法府の判断は前述のとおりであつて、立法府がその裁量の範囲を逸脱し、右優遇の程度が著しく不合理であるとはとうてい考えられない。原告の主張は、結局、立法府の右判断の不当をいうにすぎないものであつて、原告のような一般公的年金給付の受給者が戦争公務による公的年金給付の受給者と比べて不合理な差別を受けているということはできない。

(3) 一般所得を有する者に対する支給停止との取扱いの相違について

福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができることを理由とする福祉年金の支給停止と、福祉年金の受給権者の前年における所得が一定の金額をこえることを理由とする福祉年金の支給停止とは、その趣旨が全く異なるものである。

すなわち、公的年金給付の受給者は、福祉年金制度の本来の適用対象者ではないのであるが、法は、少額の公的年金給付の受給者に対しては、衡平の見地から、福祉年金の一部を支給することとした。しかし、法は、立法技術上の理由から、公的年金給付の受給者であること自体は、福祉年金の受給資格の欠格事由とせず支給停止の事由として、公的年金給付の受給者を福祉年金の支給対象から除外し、更に、右除外措置の例外として、低額の公的年金給付の受給者には、その受給額と福祉年金との差額について支給停止をしないものとする構成を採つた。したがつて、公的年金給付の受給者に対する福祉年金の支給停止は、制度の本旨に適合しない不適格者を排除するために設けられた措置であるということができる。

これに対し、福祉年金の受給権者の前年における所得が一定の金額をえることを理由とする福祉年金の支給停止の制度は、国民年金制度が本来適用されるべき者について、専ら財政上の考慮から、生活に比較的余裕のある場合まで、国庫の負担で年金を支給する現実の必要性に乏しいという理由で設けられたものである。

このように、公的年金給付の受給を理由とする福祉年金の支給制限は、わが国の年金制度における国民年金と他の公的年金との守備分野が異なり、したがつて、それぞれの果たすべき役割も異なることに由来し、福祉年金制度の本来の趣旨に基づく制限であるのに対し、福祉年金の受給権者の所得による支給制限は、国の財政事情から、福祉年金の運用に加えられた制約であるから、両者は、同じく支給停止という制度形式を採つていても、制度の趣旨、理念を異にするものであり、この二つの制度を同一の次元において対比して、制限額の較差を論じてみても、およそ無意味であつて、両者の制限額に差異があることをもつて、合理性を欠く差別に当たるとする原告の主張は失当である。

(4) 本件処分の合憲性

以上のとおりであるから、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができることを理由として老齢福祉年金の支給を停止することを認めた法の規定は、公的年金給付を受けることができる地位により不合理な差別をするものであつて、憲法第一四条第一項に違反する旨の原告の主張は理由がない。したがつて、法の右規定に基づいてされた本件処分も憲法第一四条第一項に違反しない。

第三  証拠関係<略>

理由

一  国民年金制度について

1  国民年金制度の発足

国民年金制度は、憲法第二五条第二項に規定する理念に基づき、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び同上に寄与することを目的として(法第一条)、昭和三四年に発足した。

それまでの各種年金制度は、一定の条件を備えた被用者のみを対象とするものであり、農林漁業者、自営商工業者零細企業の被用者等は、その対象外に取り残されていたが、国民年金制度は、人口の老齢化、家族制度の崩壊、社会保障意識の高揚、戦後の経済復興等の社会的要因を背景として、これら年金制度の外に取り残されたすべての人に年金制度の保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて制定されたものである(昭和三三年六月一四日付の社会保障制度審議会の国民年金制度に関する答申(甲第一〇号証)、昭和三四年二月一三日の衆議院会議及び参議院会議における厚生大臣坂田道太の国民年金法案の趣旨説明(第三一回国会衆議院会議録第一四号及び参議院会議録第一二号―乙第一、二号証)参照)。

2  国民年金制度の基本的構成

国民年金制度は、拠出制年金を基本とし、これに無拠出制年金を経過的、補完的に併用するという構成をとつている。

すなわち、従来の各種の被用者年金制度がすべて拠出制を採用していたこと、老齢のような将来の予測される事態についてはもとより、身体障害や夫の死亡という予測し難い事態についても、あらかじめ所得能力のあるうちに自らの力でできるだけの備えをすることが望ましいこと、無拠出制を建前とする、財政支出の急激な膨脹が避けられず、将来の国民に過大な税負担を強いる結果となること、拠出による積立金を運用することとすれば、それによつて生ずる利子によつて制度を充実することが期待されることなどを考慮して、拠出制年金を国民年金制度の基本とすることとされた。しかし、拠出制年金だけで貫くと、制度発足当時既に老齢、廃疾又は死亡の事態が発生している者(老齢者、身体障害者、母子世帯等)には、年金的保護を及ぼすことができないが、これらの者に対する保護について何らの解決策を示さない年金制度では、制度創設の意義も半ば失われてしまうと考えられたこと、拠出制年金については、その費用の三分の一を国庫が負担する仕組みをとつたが、もし、拠出制年金だけしか設けないとすれば、貧困のため保険料を拠出した期間が不足する等拠出制年金の支給要件を充足しない者には何らの給付も行われず、保険料を拠出することができ、拠出制年金の支給要件を充足した者だけが国から国庫負担を通じて援助を受けられるという不公平な結果となるので、拠出制年金の支給要件を充足することができない者に対しても年金を支給するために、無拠出制年金を補完的に存置する必要があると考えられたこと、無拠出制年金を一定年齢以上の者に支給するという制度を恒久的な制度として設けることは、老齢人口の増加に伴う国庫負担の過大化、他の諸制度との不均衡等の問題があつて事実上不可能であると考えられたことなどの事情から、無拠出制年金が経過的及び補完的に設けられた(前掲厚生大臣の国民年金法案の趣旨説明、厚生省年金局編「国民年金の歩み 昭和34〜36年度」一一五ページから一一九ページまで(甲第九号証)参照)。

3  拠出制年金の概要

拠出制年金は、他の公的年金制度によつて保護されない二〇才以上六〇才未満の国民を被保険者とする(法律七条)。もつとも、拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日において五〇才をこえる者は被保険者としないが(法第七四条)。そのうち、同日において五五才未満の者は、その申出により被保険者となることができる(法律七五条)。

被保険者は保険料を納付しなければならない(法第八八条第一項)。ただし、身体障害者、母子家庭、所得がない者等保険料を納付することが困難な者は、その納付を免除される(法第八九条、第九〇条)。

被保険者期間等につき所定の要件を充足する者に、老齢、廃疾又は死亡の事故が発生したときに、年金が支給される。年金の額は、制度発足当時は、保険料納付済期間に応じて定められていたが、昭和三七年法律第九二号による法の改正後は、保険料納付済期間及び保険料免除期間に応じて定められることとなつた(たとえば、老齢年金につき、法第二六条、第二七条)。

国庫は、毎年度、拠出制年金の給付に要する費用に充てるため、制度発足当時は、当該年度において納付された保険料の総額の二分の一を負担することとされていたが、昭和三七年法律第九二号による法の改正後は、右のほか、前年度に属する月の保険料で免除されたものの総額の二分の一をも負担することとなつた(法第八五条第一項)。

4  無拠出制年金の概要

無拠出制年金は、補完的福祉年金と経過的福祉年金とに分けられる。

補完的福祉年金は、拠出制年金の対象でありながら、事故が発生したときに、所定の要件を充足しないために、拠出制年金の支給を受けることができない者に対して、より緩やかな要件の下に支給されるが、その金額は、事故ごとに一律一定である(例えば、老齢福祉年金につき、昭和三七年法律第九二号による改正前の法第五三条、第五四条、同法律による改正後の法第七九条の二)。

経過的福祉年金は、国民年金制度が発足した昭和三四年一一月一日において、既に老齢、廃疾又は死亡の事故が発生している者及び拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日において五〇才をこえ、拠出制年金に加入することができない者に対して支給され、その金額は、補完的福祉年金と同じであるから事故に応じて一律一定である(例えば、老齢福祉年金につき、法第八〇条)。

無拠出制年金は、その受給権者が公的年金給付を受けることができるとき、受給権者、その配偶者又は一定の範囲の扶養義務者の前年の所得が一定の金額をこえるとき等には、その支給が停止される(法第六五条から第六七条まで、第七九条の二)。

無拠出制年金の給付に要する費用は、全部国庫が負担する(法第八五条第二項)。

5  老齢福祉年金の趣旨

経過的福祉年金のうち、老齢福祉年金は、明治二二年一一月一日以前に生れた者(すなわち、国民年金制度が発足した日である昭和三四年一一月一日において七〇才をこえる者)には、昭和三四年一一月一日に、また、明治二二年一一月二日から明治四四年四月一日までの間に生れた者(すなわち、昭和三四年一一月一日において七〇才をこえない者のうち、拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日において五〇才をこえる者)には、同人が七〇才に達したときに、支給される(法第八〇条)。

老齢福祉年金の額は、制度発足当時は、年額一二、〇〇〇円であつたが(昭和三七年法律第九二号による改正前の法第五四条)、その後数次にわたつて改定された(法第七九条の二第三項)。その経緯は、別表のとおりである。

ところで、原告は、老齢福祉年金は、老齢国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障することを目的とするものである旨主張する。

なるほど、老齢は、一般的には、所得能力の減少又は喪失、疾病等による医療支出の増加による生計への圧迫等の原因の一つであり、老齢福祉年金は、そのような老齢に達した国民に対して、全額国庫の負担によつて支給されるものである。そして、自己の所得に老齢福祉年金を加えてはじめて健康で文化的な最低限度の生活を営むことができる老齢者もあると考えられるから、老齢福祉年金が老齢者の健康で文化的な最低限度の生活の維持に寄与する機能を果たす場合のあることは、否定することができない。

しかしながら、老齢福祉年金は、明治四四年四月一日以前に生れた者が七〇才に達することのみを要件として(制度発足当時七〇才に達している者については、既に右要件が充足されているから、直ちに)、支給されるのであつて、右の者が自己の所得のみによつて健康で文化的な最低限度の生活を営むことができない状態にあることや、その生活水準が一定の基準を下まわることなどは、その支給の要件とされていない。

もつとも、老齢福祉年金は、その受給権者、その配偶者又は一定の範囲の扶養義務者が前年において一定の金額をこえる所得を有したときは、その支給を停止されるが、右所得が所定の金額をこえないときは、その全額が支給される。そして、右のように、老齢福祉年金の受給権者等の所得による支給制限はあるにしても、その受給権者が生活を維持するために活用することができる資産、能力等を有するかどうかは、全く問題とされていない。

また、支給される金額は、別表のとおりであつて、これだけで文化的な最低限度の生活を維持することはとうてい不可能な程度のものであり、この金額が受給権者の生活状態や資力等にかかわりなく一律平等に支給されることとされている(ただし、後述のとおり、公的年金給付の受給者に対して老齢福祉年金の一部が支給停止される場合を除く。)。

更に、老齢者が老齢福祉年金の支給を受けてもなお健康で文化的な最低限度の生活を営むことができないことがありうることは、老齢福祉年金の額に照らして明らかであるが、そのような老齢者は、最終的には、生活保護法に基づく生活保護によつて健康で文化的な最低限度の生活を保護される仕組みとなつている。

これらの点からみれば、老齢福祉年金は、老齢者の健康で文化的な最低限度の生活の継持に寄与する機能を果たす場合があるにしても、これをその直接の目的としているものとは、とうてい解することができない。

そして、老齢福祉年金は、前示のとおり憲法第二五条第二項に規定する理念に基づいて制定された国民年金制度の一環として設けられたものであること、その他これまでに判示した国民年金制度についての理解を前提として右に述べた老齢福祉年金の仕組みをみれば、老齢福祉年金は、制度発足当時既に一定の年齢に達し、拠出制年金に加入することができなかつた者に、不十分ながら年金的保護を及ぼし、国民皆年金の実をあげるという政策目的の実現のために設けられた経過的な制度であつて、所得能力の減少又は喪失等による生活不安の原因となる老齢に達した国民に対し、所得の一部を補い、もつて右のような生活不安の除去又はより良い生活の設計の一助とすることを目的とするものであると解するのが相当である。

6  福祉年金の支給制限とその趣旨

(一)  公的年金給付の受給による支給制限

法第六五条第一項(昭和三七年法律第九二号による法の改正後は、法第七九条の二第六項(ただし、この規定は、昭和四四年法律第八六号により同条第五項に繰り上げられ、昭和四六年法律第一三号により再び同条第六項に繰り下げられた。)において準用する場合を含む。以下の記述において法第六五条及び第六六条を引用するときは、右法第七九条の二第六項において準用する場合を含むものとする。)は、福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、福祉年金の支給を停止する旨定めている。

その理由は、前示のとおり、国民年金制度は、従来他の公的年金制度の対象外に取り残されていた人々に年金制度の保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて設けられたものであり、無拠出制年金である福祉年金は、国民年金制度の基本とされた拠出制年金の保護の及ばない者に対して、国民皆年金の実をあげる目的で支給するものであるから、他の公的年金制度の対象者にまでこれを支給することは、福祉年金制度を設けた趣旨にそわないこと、一般に他の公的年金制度においても、国庫が相当な負担をしているから、他の公的年金の受給者に対して福祉年金を併給するとすれば、国庫が二重の負担をする結果となること、他の公的年金の受給者に対して福祉年金を全部併給するとすれば、国庫の負担が増大することなどの点が考慮されたためである(前掲厚生大臣の国民年金法案の趣旨説明、同「国民年金の歩み」一七二ページから一七三ページまで参照)。

ところが、法は、右のとおり公的年金の受給者に対して福祉年金の支給を停止する旨の原則を定めたうえで、一定の場合に、その例外として、その支給を停止せず、公的年金の受給者に対して福祉年金を併給することを認めている。

すなわち、制度発足当時、法は、福祉年金の額が公的年金給付の額をこえるときは、そのこえる部分については、福祉年金の支給を停止しない旨定めていた(昭和三七年法律第九二号による改正前の法第六五条第三項)。

これは、福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができても、右給付の額が福祉年金の額を下まわるときは、その差額だけは福祉年金として支給することとして、公的年金給付を受けない者との権衡上、著しく低い額の公的年金給付の受給者を保護する趣旨であつたと解される。

そして、昭和三七年法律第九二号による法の改正によつて、福祉年金の公的年金給付との併給の制限が緩和され、同時に、公的年金給付のうち、戦争公務によるものとその他のものとが、福祉年金の併給の点において、取扱いを異にされることとなつた。

すなわち、同法律による法の改正後は、福祉年金の受給権者が受ける公的年金給付が戦争公務によるもの以外のものである場合には、右公的年金給付の額が二四、〇〇〇円未満であるときは、二四、〇〇〇円と公的年金給付の額との差額に相当する額(ただし、福祉年金の額を限度とする。)の福祉年金を停止せず(法第六五条第三項)、福祉年金の額が二四、〇〇〇円以上であり、かつ、公的年金給付の額をこえるときは、そのこえる金額について、福祉年金の支給を停止しない(同条第四項)こととされた。これに対して、福祉年金の受給権者が受ける公的年金給付が戦争公務によるものである場合には右公的年金給付が七〇、〇〇〇円未満であるときは、七〇、〇〇〇円と公的年金給付の額との差額に相当する額(ただし、福祉年金の額を限度とする。)の福祉年金の支給を停止しないものとされた(同条第五項)。

その後、福祉年金の一般公的年金給付との併給の制限は緩和されることなく推移して来たが、昭和四七年法律第九七号による法の改正により、公的年金給付の額が政令で定める額に満たないときは、政令で定める領と公的年金給付の額との差額に相当する額(ただし、福祉年金の額を限度とする。)の福祉年金の支給を停止しない旨改められ(法第六五条第三項)、政令により右金額は六〇、〇〇〇円と定められ(国民年金法施行令第五条の二)ようやく併給の制限が緩和された。これに対して、福祉年金の戦争公務による公的年金給付との併給の制限は、数次の法の改正のつど緩和され、昭和四六年法律第一三号による改正後の法第六五条第四項及びにこれに基づく政令(国民年金法施行令第五条の三)により、戦争公務による公的年金給付のうち准士官以下にかかるものの受給者に対する福祉年金の併給の制限が撤廃され、更に、昭和四七年政令第二九六号による前記政令の改正により中尉又はこれに相当するもの以下にかかるものの受給者に対する併給の制限が撤廃された。

以上に述べた福祉年金の公的年金給付との併給限度額の推移を老齢福祉年金についてみると、別表のとおりである。

このように、昭和三七年以降、福祉年金の併給について、公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとの取扱いが異にされて来た立法の経緯は次のとおりである。

公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給制限の措置については、国民年金制度の制定の過程においても、公務扶助料等を受けている戦没者遺家族から、公務扶助料は、夫や息子を国に棒げた代償として国から受けるものであるから、一般の者が無拠出制の福祉年金を受けるならば、自分達も受けてしかるべきであるとして、強い不満が表明された(前掲「国民年金の歩み」一七三ページ)が、国民年金制度発足後も、恩給関係団体が、軍人恩給は、国のために犠牲になつた人々に対し国が補償をするために支給するものであつて、社会保障のための福祉年金とは性質が異なるから、両者を併給するのが当然であると主張して、併給を実現するための運動を強力に推進した(前同四三六ページから四三七ページまで)。

このような背景のもとに、昭和三五年一〇月国民年金審議会に併給小委員会が設けられて、この問題が審議された結果、公務扶助料等戦争公務による公的年金給付の中には、生活保障的なものと精神補償的なものとが含まれていることは認めるべきであり、両者の割合については、恩給法による普通扶助料と公務扶助料の比率を基準として考えるのが適当であるとの結論が出された(前同四三七ページ)。

このような経過で、福祉年金の一般公的年金給付との併給限度を二四、〇〇〇円とし、戦争公務による公的年金給付との併給限度額を、兵にかかる恩給法による公務扶助料の普通扶助料に対する倍率を参しやくして、その約三倍の七〇、〇〇〇円とする改正法案が作成され、前示昭和三七年法律第九二号として成立したのである(前同四三八ページ)。

その後、公務扶助料等戦争公務による公的年金給付は、数次にわたつて増額されたが、そのつど、主として、従前福祉年金の併給を受けることができた者が公務扶助料等の増額の結果福祉年金の併給を受けることができなくなる事態とならないようにとの配慮から、福祉年金の戦争公務による公的年金給付との併給限度額が引き上げられた。他方、戦争犠牲者に対する国の精神補償的要素が含まれているという特殊性の認められない一般公的年金給付については、福祉年金の併給限度額を引き上げるよりも、むしろ、公的年金給付自体の充実をはるのが正しい道であるされ、年金額の増額、最低保障額の引上げ等の措置はとられたが、福祉年金の併給限度額は、昭和四七年まで据え置かれたまま推移した(昭和四一年五月二六日、昭和四五年四月二日、同月九日、同月二三日及び昭和四六年三月一八日の衆議院社会労働委員会における厚生大臣及び厚生省年金局長の各答弁(第五一回国会衆議院社会労働委員会議録第三八号、第六三回国会同会議録第八号、第一〇号、第一三及び第六五回国会同会議録第一二号―乙第九号証から第一三号証まで)参照)。

(二)  受給権者の所得による支給制限

法は、福祉年金の受給権者の前年の所得が一定の金額をこえるときは、その年の五月から翌年の四月まで、その支給を停止する旨定めている(昭和三七年法律第九二号による改正前の法六五条第四項、昭和四五年法律第一一四号による改正前の同条第六項、同法律による改正後の法第六六条一項。ただし、同法律による改正後は、老齢福祉年金及び障害福祉年金の支給についてのみ定めている。)。そして、その金額の推移をみると、別表のとおりである。

その趣旨とするところは、福祉年金は、無拠出制年金であつて、その費用の全部を国庫に依存しているところから、国の財政負担を考慮し、ある程度以上の所得があつて所得保障の必要度の低い者には、支給しないこととしたものであると解される(前掲厚生大臣の国民年金法案の趣旨説明、同「国民年金の歩み」一七五ページ参照)。

二  老齢福祉年金の支給停止と憲法第二五条

憲法第二五条第一項は、すべての国民に対していわゆる生存権を保障したが、この生存権の保障は、国が、国民の生活水準の確保向上をはかるために、社会的立法を制定し、社会的施策を実施拡充することによつて、はじめて実現されるものである。そこで、同条第二項は、国民の生活水準の確保向上を図るために国が実施すべき施策のうち重要な事項を列記して、国がこれらの施策を実施するよう努力する責務を負うことを明らかにしたものである。憲法第二五条の趣旨は、このように理解される。

したがつて、個々の国民は、憲法第二五条の規定によつて、直接、国に対する具体的、現実的な請求権を与えられているのではなく、憲法第二五条に規定する理念を具体化する立法がなされることによつてはじめて国に対して具体的、現実的な請求権を取得するのである。

憲法第二五条に規定する理念を具体化した法律は、既に数多く制定されている。

例えば、生活保護法は憲法第二五条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的として制定されたものであり(同法第一条)、すべて国民は、同法の定める要求を満たす限り、同法による保護を無差別平等に受けることができ(同法第二条)、同法によつて保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならないとされている(同法第三条)。すなわち、同法は、それ自体によつて直接憲法第二五条第一項に規定する理念を実現することを目的として制定されたものであつて、すべての国民は、最終的には、同法によつて、健康で文化的な最低限度の生活を維持することを保障されているわけである。

しかしながら、同法による保護は、生活に困窮する者が、その利用しうる資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われ、民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべて同法による保護に優先して行われるものとされている(同法第四条)のであつて、同法は、現に生活に困窮し、他に最低生活を維持する方途のない者を、事後的、補足的に救済するために制定されたものである。したがつて、同法に基づく生活保護の政策を実施したからといつて、それだけで、国の憲法第二五条第二項に基づく責務が果たされたとはいえないことは、いうまでもない。

国は、右のような事後的、補足的な救貧の施策を実施するだけでなく、国民が健康で文化的な最低限度の生活を維持することができない事態に陥ることをあらかじめ防止し、更に進んで、国民の生活水準を向上させるように、あらゆる施策を実施すべき責務を負担しているというべきであり、そのような施策を実施するための法律として、児童福祉法、母子福祉法等の各種社会福祉法、失業保険法、厚生年金保険法、国家公務員共済組合法等の各種共済組合法、健康保険法、国民健康保険法等々が制定されているが、国民年金法もその一つであることは、前に国民年金制度について判示したところから明らかである。

憲法第二五条は、国が行うこれらのあらゆる施策が総合されて、結局、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を維持し、更に進んで、その生活水準を向上させて行くことができるような仕組みとなるように国政を運用することを要求しているのである。

ところで、国が憲法第二五条に規定する理念を実現するために、いつ、どのような要件の下に、どのような内容の施策を実施するかは、国の文化経済の発展段階に応じて決定されるべきであるが、その判断は、立法政策の問題として、立法府の裁量に委ねられていると解すべきである。

もとより、立法府がその与えられた裁量権を適切に行使することを怠り、右理念を具体化すべき職責を果たさないときは、憲法の要求を満たさないものとして、政治上批判を受けることは免れないであろう。

のみならず、右理念を具体化した法律に基づく国民の権利ないし利益は、憲法に由来するものであり、また、憲法第二五条は、国の文化経済の発展に伴つて右理念に基づく施策を絶えず充実拡充して行くことをも要求していると考えられるから右理念を具体化した法律によつて、ひとたび国民に与えられた権利ないし利益は、立法によつてもこれを奪うことは許されず、合理的な理由がないのに右権利ないし利益の実現の障害となる法律を制定する行為は、憲法第二五条の趣旨に反することになろう。

しかしながら、右理念を具体化するに当り、当初から、一定の要件に該当する国民に限つて一定の権利ないし利益を与える旨の法律が制定されたとすれば、それは、立法府が、その与えられた裁量権に基づき、右要件に該当する者のみを対象として右法律に基づく施策を実施すべき旨判断した結果にほかならないのであるから、右要件に該当しない者に対しそのような権利ないし利益を与えないものとした立法府の判断が恣意的なものであつて、明らかに合理性を欠き、立法府がその与えられた裁量権の行使を著しく誤つたものであると認められない限り、そのような立法政策の当否につき政治上批判を受けることがあるのは格別、そのために右法律が憲法第二五条に違反して無効であるということはできない。

したがつて、右法律の定める要件に該当しない者は、右法律に基づいて権利ないし利益を自己に与えるべき旨の請求をすることができないことはいうまでもなく、また、憲法第二五条は、前述のとおり国民に対して直接具体的な請求権を賦与したものではないと解されるから、直接憲法第二五条に基づいて、同様の請求をすることもできないといわなければならない。

そこで、老齢福祉年金について、受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨定めた法の規定及びこれに基づいてされた本件処分は、憲法第二五条に違反して無効であるとの原告の主張について考える。

国民年金制度の一環として設けられた老齢福祉年金制度が、憲法第二五条に規定する理念を具体化した施策の一つであること及び法は、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、一定の例外的な場合を除き、その支給を停止する旨定めているが、右制限は、法の制定の当初から設けられていたものであり、その後数次の改正によつてこれが緩和されたことはあつても、加重されたことがないことは、前に国民年金制度について判示したところから明らかである。

そうであるとすれば、立法府は、憲法第二五条に基づく施策の一つである老齢福祉年金の支給を、一定の例外的な場合を除き、公的年金給付を受けることができる者以外の者に対してのみすべきである旨判断し、その限度で憲法第二五条に規定する理念を具体化したものであり、前に公的年金給付の受給による福祉年金の支給制限の趣旨について判示したとおり(一6(一))、福祉年金の支給につき右のような制限を設けたのは、相当の理由があつてのことであり、また、老齢福祉年金は、前記のとおり(一5)、老齢者の健康で文化的な最低限度の生活の保障を直接の目的とするものではないことに鑑みるならば、かかる制限を設けたからといつて、恣意的に公的年金給付の受給者を老齢福祉年金制度の対象から除外したものということはできない。したがつて、その立法政策上の当否はしばらく措き、右制限を設けたことが直ちに憲法第二五条に違反して無効であるとはいえない。

原告は、公的年金給付を受けることができる者に対する老齢福祉年金の支給を停止する旨の法の規定は、老齢恩給受給者の生活実態に照らし、その健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害するものであると主張し、また、老齢福祉年金の受給権者の一般所得による制限に加えて、公的年金給付の受給による制限を設けることが合理的であると認められる事情はないのみならず、少額の公的年金給付の受給者に対してまで老齢福祉年金の支給を停止するという厳しい規定は、憲法が保障する生存権を必要な限度をこえて制限するものであつて合理性がないと主張するが、右は上記の理由により失当というほかはなく、所論は、いずれも立法府の裁量権の行使が不当であるとしてこれを批難することに帰し、その故に法の定める右制限が憲法第二五条に違反して無効であるということはできない。

そうすると、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨の法の規定及びこれに基づいてされた本件処分が憲法第二五条に違反して無効である旨の原告の主張は理由がない。

三  老齢福祉年金の支給停止と憲法第一四条

(一)  公的年金給付の受給者とその他の者との取扱いの差別について

法は、福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨定め、公的年金給付の受給者について、その他の者と異なつた取扱いをしているが、その立法の理由は、福祉年金制度は、従来他の公的年金制度の対象外に取り残されていた人々に年金的保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて制定した国民年金制度の一環として設けたものであるから、公的年金給付の受給者に福祉年金を支給することは、制度の本来の趣旨にそわないこと、他の公的年金制度においても国庫が相当の負担をしているから、公的年金給付の受給者に福祉年金を併給すると、国庫が二重の負担をする結果となること及び国家財政の事情が考慮されたことにあることは、前に判示したとおりである。

そして、従来の各種公的年金制度は、そぞれ、その趣旨、沿革を異にし、その対象者が限定されているところから、憲法第二五条に規定する理念に基づく施策の一つとして、国民皆年金の制度を実施するに当たり、従来の年金制度はそのまま維持することとし、従来の年金制度による保護の及ぼない国民のみを対象とする新しい制度を創設し、右国民に保護を及ぼすものとしたことは、それ自体合理性のある一つの選択の道であつたというべきであり、それによつて、従来の年金制度の対象者が従前より積極的に不利益を受けることとなつたわけでないことはいうまでもない。

もつとも、従来の年金制度と新しい年金制度とがその保障の目的を全く異にするのものであるとするならば、単に、従来の年金制度の対象者であるからといつて、これを新しい年金制度の対象から除外することに合理性があるとはいえない。しかしながら、本件において、原告が受給している普通恩給と老齢福祉年金とは、いずれも老齢による所得能力の喪失を保障する目的を有する点で共通するところがあるというべきである。

ただ、従来の年金制度の対象とされていない国民を対象とする新しい年金制度が創設され、両制度の保障の目的に共通性が認められる場合においても、新しい制度の対象者に対して従来の年金制度の対象者に対する保護よりも厚い保護が与えられることとなつたとすれば、従来の年金制度の対象者に対する保護は、相対的に薄くなつたことになるから、そのことが憲法第一四条第一項の観点から問題となる余地がある(ただ、この場合、仮に、右が憲法第一四条第一項の趣旨に反するとしても、従来の年金制度の対象者がそれを理由として訴訟上どのような主張をすることができるかについては、疑問の存するところである。けだし、従来の年金制度の対象者が、新しい年金制度の創設自体が憲法に違反して無効である旨主張することに法律上の利益を有するとは認められないし、また、新しい年金制度による権利ないし利益を自己にも与えるべき旨請求することが当然に許されると解することができるかどうかは問題であるから、しかし、この点についてはしばらく措く。)。

そこで、福祉年金の公的年金給付との併給調整についてみると、この点に関する法の規定は、数次の改正を経ているが改正の前後を通じて、福祉年金の受給権者が受ける公的年金給付の額が福祉年金の額に満たないときは、少なくとも、その差額に相当する額の福祉年金の支給は停止しないものとされているから、老齢福祉年金の受給権者のうち公的年金給付を受けることができる者は、その公的年金給付の額が老齢福祉年金の額に満たないときであつても、公的年金給付と老齢福祉年金とを合せて、少なくとも老齢福祉年金の額までを受給することができるのであつて、年金の受給額の点に関する限り、公的年金給付を受けない者と比べて、相対的にも不利益な立場に置かれてはいないことが明らかである。

もつとも、老齢福祉年金は無拠出制年金であつて、全額国庫の負担で支給されるのに対して、他の公的年金給付の多くは拠出制年金であつて、加入者が多かれ少なかれ拠出をしていることを考えると、公的年金給付の受給者が受ける年金額が、公的年金給付と老齢福祉年金を合せれば、老齢福祉年金の額より少なくないからといつて、直ちに、老齢福祉年金の受給者より不利益でないと断ずることはできない。

しかしながら、各種公的年金制度は、それぞれその加入要件、拠出の程度、拠出期間、年金の種類、年金額、支給要件、国庫負担の程度等がさまざまであつて、公的年金給付の額と福祉年金の額とを単純に対比してみても、どちらによる保護がより厚いかを判断することはとうてい不可能である。

本件についてみれば、原告が受給している普通恩給は、原告が主張するように、公務員がその職務に専念することを余儀なくされたために喪失した経済上の取得能力を補うために支給されるという性質を有するとしても、そのことは、普通恩給が老齢福祉年金と同様、老齢保障としての機能を果たしていることを否定することにはならないし、公務員は在識中国庫納金をしていたにしても、その金額は恩給の額に比べれば軽微であり、恩給の額は右国庫納金の額とは直接の関係なく定められているのみならず、普通恩給は、公務員を退職したときから支給されるのであつて、いわゆる若年による恩給の停止を考慮にいれても、七〇才に達したときから支給される老齢福祉年金よりも、支給が早く開始される点で有利であることは否定できない。これらの点を総合的によれば、恩給の絶対額が小さい場合であつても(ちなみに、弁論の全趣旨によれば、原告が受給している普通恩給の額は、老齢福祉年金の額の数倍であることが明らかであつて、その絶対額は、必ずしも小さいとはいえない。)、必ずしも普通恩給の受給者に対する保護が老齢福祉年金の受給者と比べて相対的に薄いとは断定することができない。

原告は、公的年金給付の現状が、それによつて健康で文化的な最低限度の生活を営むに足りるほど充実していないと主張し、それを理由に、公的年金給付の受給者に対する老齢福祉年金を停止するのは不合理であると主張する。しかしながら、各種公的年金制度と老齢福祉年金制度とは、それぞれその趣旨、対象及び内容を異にするのであるから、もし、それぞれの内容に不十分な点があるとするならば、それぞれ制度自体の充実改善を図ることこそが、採られるべき施策であるというべきであり、現に、その程度が十分であるかどうかは別として、漸次それぞれの制度の充実改善が図られつつあることも顕著な事実である。したがつて、公的年金制度の現状が原告主張のとおり不十分なものであることは認めうるとしても、それを固定的なものとして把え、その不十分を補うために、老齢福祉年金を併給しないのは不合理であるとするのは、本末転倒の議論であるというべきである。

このように考えると、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができることを理由として老齢福祉年金の支給を停止しても、そのことによつて、公的年金給付の受給者がその他の者と比べて不合理な差別を受けているということはできない。

(二) 公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとの取扱いの差別について

昭和三七年法律第九二号による法の改正以来、公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとが福祉年金の併給制限について異なつた取扱いを受けて来たことは、前にみたとおりである。

ところで、戦争公務による公的年金給付は、概して一般公務による公的年金給付と比較すると高額に定められているが、それは、被告が主張するように、軍の命令により戦地等に駆り出され、強制的に戦争の遂行に協力させられ、酷烈な環境下で生命の危険にさらされつつ公務に従事し、それに起因する負傷又は疾病により廃疾となり、又は死亡した旧軍人等又はその遺族は、戦争の最大の犠牲者であるということができ、したがつて、右給付の中に、これら戦争犠牲者に対する精神的損害の国家賠償の要素が含まれているからであるとみることには、相当の理由があると認められる。

しかし、戦争公務による公的年金給付は、右のような特殊性を有するにしても、それが専ら戦争犠牲者に対する精神的損害の国家賠償であつて、他の一般公的年金給付とはその性格を全く異にするものであるとは解されず、一般公的年金給付と共通の性格をも有することは否定しえないところである。

したがつて、戦争公務による公的年金給付について、その特殊性に応じ、制度上一般公的年金給付とは異なつた取扱いをすることには合理性があるというべきであるが、その特殊性のみを重視し、両者の共通性を全く無視して、一般公的年給付とは本質的に異なつた取扱いをすることは、立法府の裁量の範囲を逸脱するものとして、許されないというべきである。

そして、戦争公務による公的年金給付の前示特殊性を考慮して、福祉年金の戦争公務による公的年金給付との併給限度額を一般公的年金給付との併給限度額よりもある程度高く定めることも許されないと解すべき理由はないというべきである。

その後、福祉年金の戦争公務による公的年金給付との併給限度額は昭和四六年まで、ほとんど毎年引上げられたにもかかわらず、一般公的年金給付については、併給限度額が長い間据え置かれ、両者の差が年々著しくなつたことは、前にみたとおりである。

しかしながら、戦争公務による公的年金給付の受給者について、その給付額の引上げに伴い、従前福祉年金の併給を受けることができた利益を失う事態が生じないように配慮することは、必ずしも戦争公務による公的年金給付の前示特殊性から要請されることであるとは認められないから、戦争公務による公的年金給付についてのみ右のような配慮をし、一般公的年金給付については、同様の配慮を全くしなかつたことの合理性については、疑いが残るといわなければならない。

特に、昭和四六年法律第一三号による法の改正後は、一部高級将校にかかるものを除く戦争公務による公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給制限が撤廃され、依然として併給制限が残されている一般的年金給付の場合と全く取扱いを異にされるに至つたが、右差別の合理性を被告主張のように戦争公務による公的年金給付の前示特殊性だけから導くことは、困難であるというほかはない。

しかし、翻つて、仮に右差別が不合理なものであるとすれば、果たして、一般公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給を制限する旨の法の規定が憲法第一四条第一項に違反するものとして無効であると解すべきか否かについて検討する。

一般公的年金給付の受給者が右のような差別を受けるに至つたのは、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給制限が緩和されたにもかかわらず、一般公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給制限が緩和されることなく放置された結果であるが、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給制限の緩和それ自体は、格別不当なことではないから、右併給制限の緩和を前提として、右差別の解消を図るとすれば、一般公的年金給付の受給者に対する併給制限を定めた法の規定のうち、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給制限と同等以上の制限又はこれより合理的な範囲をこえて厳しい制限を加えた部分が無効であると解するほかはない。

しかし、この場合、右のように解することによつて、一般公的年金給付の受給者は、従来法によつて与えられていた権利に対する障害を除去され、原状を回復することになるのではなく、従来法によつて与えられていた権利以上のものを新たに与えられる結果となるのであつて、その意味において、右のように解することは、裁判所が立法府に代わつて一般公的年金給付の受給者に対してそのような権利を賦与する新たな立法をするにも等しい実質を有するというべきである。したがつて、右規定のうち無効と解すべき部分、すなわち、一般公的年金給付の受給者に対して従来より以上の権利を与えるべき範囲が、立法府の裁量的判断を待つまでもなく一義的に明白であつて、立法政策上の選択の余地がない場合でなければ、右のように解することは許されないと解するのが相当である。

ところで、前に判示したとおり、公的年金給付の受給を理由として福祉年金の併給を制限すること自体には合理性があると認められ、戦争公務による公的年金給付には、一般公的年金給付とは異なつた特殊性があり、これをある程度福祉年金の併給限度額に反映させることも合理性を失わないと解されるのであるから、一般公的年金給付の受給者に対する併給制限を定めた法の規定のうち、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給制限と同等以上の制限を加えた部分を無効であると解すべきことが、立法府の裁量的判断を待つまでもなく一義的に明白であるとはとうてい認められない(殊に、昭和四六年法律第一三号による法の改正後は、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給制限は、右給付の額を問わず、右給付が一定の範囲の者(その範囲は政令で定められている。)に支給されるものであるときは、これを適用しないものとされているのであるから、一般公的年金給付の受給者に対する併給制限を定めた法の規定のうち、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給制限と同等以上の制限をする部分を決することすら全く不可能であるというほかはない。)。いわんや、右併給制限よりも厳しい制限を加えている右規定のうち、どの範囲までが、戦争公務による公的年金給付の前示特殊性等に鑑み合理性を失わない限度であるかを、立法府の裁量的判断を待たないで確定することはとうていできないといわなければならない。

そうであるとすれば、仮に、法が福祉年金の併給制限について、公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとを差別して取扱つていることに合理性がないとしても、それを理由として、一般公的年金給付の受給者に対する福祉年金の併給を制限した法の規定が無効であると解することはできない。

(三)  公的年金給付の受給者と一般所得者との取扱いの取扱いの差別について

原告は、法が公的年金給付の受給者に対する老齢福祉年金の併給限度額と、一般所得者に対するその支給限度額との間に著しい差異を設けているのは、不合理な差別であると主張する。

そして、法は、福祉年金の受給権者が公的年金給付を受給することができることを理由とする福祉年金の支給制限のほかに、福祉年金の受給権者の前年の所得が一定の金額をこえることを理由とする支給制限(一般所得による支給制限)を設けており、法が定める右二つの支給制限の限度額には、別表のとおりの変遷があるが、いずれにしても、単純にその金額を対比すれば、その間に著しい相違があることは明らかである(ただし、戦争公務による公的年金給付の受給者に対する併給限度額については除く。以下同じ。)。

しかしながら、一般所得による福祉年金の支給制限は、福祉年金の財源が国庫にあるところから、ある程度以上の所得があつて、所得保障の必要度が低い者には、これを支給することは適当でないとの考慮に出たものであることは、前にみたとおりである。そして、所得の金額によつて所得保障の必要度を判定する場合には、その所得が公的年金給付によるものであるか、その他の一般の所得であるかを問う理由は全くないというべきであり、現に、法は、一般所得による福祉年金の支給制限の基礎となる所得の範囲及びその額の計算においては、公的年金給付も他の所得と何ら差別せずに取り扱つているのである(昭和三七年法律第九二号による改正前の法第六五条第五項、同法律による改正後の同条第七項、昭和四五年法律第一一四号による改正後の法第六六条第五項、昭和三八年政令第二六二号による改正前の国民年金施行令第六条第一項、同政令による改正後の右施行令第六条及び第六条の二参照)。

他方、公的年金給付を理由とする福祉年金の支給制限は、前に判断したとおり、主として、国民年金制度が従来の公的年金制度の保護の及ばない者を対象として設けられたという制度本来の趣旨に由来するものである。そして、右制限の適用に当たつては、福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けているか否かだけが問題とされ、公的年金給付以外の所得の有無を問わないのであるが、公的年金給付の受給者が右受給により法律上又は事実上他の所得を得ることができなくなるような制約を受けるのであれば格別、そのような制約は何もない以上、公的年金給付の受給を理由とする福祉年金の支給制限に当たつて、他の所得の有無を問わないことに不合理はないというべきである。

このように、福祉年金の公的年金給付の受給による支給制限と一般所得による支給制限とは、その設けられた趣旨及びその果たす機能を全く異にしているのであるから、それぞれについて定められた限度額に差異があるからといつて、直ちに不合理な差別があるということはできない。

原告は、昭和四四年当時、普通恩給年額二五、〇〇〇円を受給していた者と年間二七〇、〇〇〇円の所得があつた者とを対比して、福祉年金の支給について、公的年金給付の受給者が一般所得者に比し、甚しく不合理な差別取扱いを受けていると主張する。しかしながら、年額二五、〇〇〇円の普通恩給を受給していた者が老齢福祉年金の支給を停止されたのは、同人が公的年金給付の一つである普通恩給を受給していたからであり、他方、年間二七〇、〇〇〇円の所得があつた者がその支給を停止されなかつたのは、同人が何ら公的年金給付を受給していなかつたからにほかならないのであつて、そこには、公的年金給付の受給者と他の者との差別(この差別が不合理な差別というに当たらないことは、既に三の(一)において判断したとおりである。)以外に、何の差別もないというべきである。

ところで、年金制度の不備であつた往時において、国民は一般に、自己の老後の保障を貯蓄その他自力による資産の形成に求めるほかなかつたところ、公務員には、恩給による老後の保障の特典が与えられていたために、自力による保障は必ずしも必要でなく、このことが清貧に甘んじて公務に専念しうるゆえんでもあつたことは顕著な事実である。したがつて、退職後、恩給に頼つて生活する老齢者にとつての恩給は、一般の老齢者にとつての貯蓄その他の資産から生じる所得と変りのない性質の収入であると感じられ、収入源が恩給であることを理由とする老齢福祉年金の併給制限は、恩給受給者にとつていわれなき差別の感を与えるであろうことは、想像するに難くないところである。

しかしながら、老齢者にこのような差別感を抱かせる立法の当否は別として、このように、公的年金たる恩給と一般所得とを同視することは年金制度の誤解によるものというほかなく、右のような差別感は所詮感情論にすぎないから、かかる事情を根拠として不合理な差別があるということができないことも明らかである。

そうすると、公的年金給付の受給者が一般所得者と比べて不合理な差別を受けている旨の原告の主張は理由がない。

(四)  以上のとおりであるから、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨の法の規定及びこれに基づいてされた本件処分が憲法第一四条第一項に違反して無効である旨の原告の主張は理由がない。

四  結論

そうすると、その余の点について判断を加えるまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 吉川正昭 青山正明)

(別表) 改正経過一覧表

(単位円)

年度

事項

34

37

38

39

40

41

老齢福祉年金

(年額)

12,000

(9月分から)

13,200

(9月分から)

15,600

本人所得による

支給制限

(前年所得金額)

130,000

150,000

180,000

200,000

220,000

240,000

公的年金給付との併給制限

一般のもの

老齢福祉年金の額

(10月分から)

24,400

(1月分から)

(10月分から)

戦争公務によるもの

(12,000)

70,000

80,000

102,500

年度

事項

42

43

44

45

46

47

老齢福祉年金

(年額)

(1月分から)

18,000

(1月分から)

19,200

(10月分から)

20,400

(10月分から)

21,600

(10月分から)

24,000

(11月分から)

27,600

(10月分から)

39,600

本人所得による

支給制限

(前年所得金額)

260,000

280,000

政令所定の額

(300,000)

(320,000)

(350,000)

380,000

公的年金給付との併給制限

一般のもの

(10月分から)

(10月分から)

(10月分から)

(10月分から)

老齢福祉年金の額

(24,000)

(11月分から)

(27,600)

(10月分から)

政令所定の額

(60,000)

戦争公務によるもの

129,500

135,500

144,800

167,300

准士官以下

無制限ただ

し10月分までは

170,700

中尉以下無制限

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